2020年04月28日

オランダ滞在記(1)ヨーロッパでの感染拡大前後の期間を振り返って

河原美彩子(東京女子大学大学院人間科学研究科)

2020年2月11日から3月19日まで,文化間比較を目的とした心理学実験を実施するため,オランダ・ライデン大学に滞在しました。この約1か月間は,ちょうど新型コロナウイルスがヨーロッパで大流行する前後の期間で,穏やかだった日常が,大学や飲食店まで軒並み閉鎖される事態へと急展開する様子を現地で体験することとなりました。実施していた実験を中止して途中帰国を余儀なくされたことは非常に残念でしたが,オランダで生活する人々のコロナウイルスへの認識の変化を目の当たりにした経験は,ある意味大変貴重なものだったように思います。特に,ライデン大学には多くの留学生が在籍しており,異文化交流が日常的に行われている環境にありましたが,ウイルスへの考え方や状況への対応の仕方が個人のバックグラウンドによって大きく異なっていたことは興味深い点でした。

私がオランダに渡航した2月11日の時点では,ウイルス感染の中心地はまだ中国で,オランダに感染者がまだ一人もおらず,オランダでは多くの人が「コロナは遠いアジアで流行っているもの」としか認識していなかったようです。私自身も,地理的に中国から離れているヨーロッパに来ているから安心だと思っていたため,日本にいる家族や友人,先生と連絡を取る度に,感染に対して危機感を持っている日本人との大きな意識の差を感じていました。

しかしながら,現地で友達になったある中国人留学生は,早い時期からウイルスへの感染と,中国人という理由で人種差別を受けることを危惧し,自主的にテレワークに切り替えたり,スーパーマーケットに行く頻度が最小限になるよう食料品を一度に多く買う等,周囲の欧米人とは状況の捉え方が全く異なっていたことが印象的でした。また彼は,欧米人はアジア人の国籍を見た目で判別することが出来ず,同じアジア人である私も差別を受ける可能性があるからなるべく外出を控えるべきだ,と助言してくれました。

その一方で,私の周囲の欧米人の多くは,様々な施設が閉鎖される事態になるまで危機感が薄く,若者は重症化しないのであまり深刻に考える必要はないと,楽観的に考える人が多いようでした。また,オランダでのウイルス感染拡大はイタリアからの帰国者を中心に始まったのですが,私が友人になった数人のイタリア人留学生に,イタリア人という理由で自分が差別を受けるかもしれないと心配する様子は全く見受けられませんでした。

この対照的な意識の違いは,もちろん国民性や個人差による部分もあるとは思いますが,自身の持つ身体的特徴が他者集団の中でどのように認識されるか,ということが影響していることは否めないと思います。言語は異文化コミュニケーションにおいて重要な役割を担っていますが,異なるバックグラウンドを持つ人々が共存する環境では,国や地域というような単位だけでなく,身体的な特徴を手がかりとした「西洋人」「東洋人」といった広いカテゴリの存在が大きな影響力を持つように感じられます。

オランダで感染者がコンスタントに確認されるようになった3月初頭になっても,私自身もまだ楽観視していたのですが,私が訪問していたラボの大学院生のハウスメイトがコロナウイルスに感染するというハプニングが発生し,これはウイルスを他人事ではなく身近なものとして認識する衝撃的なニュースでした。それからたった2週間程度で,大学,すべての飲食店,博物館や美術館等のあらゆる施設が閉鎖となっていったのです。スーパーマーケットでは日本と同様に買い占めが始まり,身近なスーパーの陳列棚からはパン,パスタ,トイレットペーパー,石鹸等が消えていきました。遠いアジアのものだったウイルスが凄まじい速度でヨーロッパに,そして世界規模に拡大していく様子を目の当たりにし,いかにグローバル化のすすんだ世界に生きているかということを改めて実感させられました。

今回のこの異例の事態は私たちに様々な問題を投げかけています。このグローバル社会を物資や人の流通が簡便になったとポジティブにとらえるだけでなく,それによって生じる様々な問題に目を向ける必要があるのだと強く思います。自身の研究という観点からその意味を考えるのであれば,顔・身体という視点から文化の越境について検討することは,より円滑な異文化交流の実現において非常に意義のあるものと言えると思います。今取り組んでいる感情コミュニケーションにおける文化差に関する研究を,今後より良いグローバル社会を実現するうえで少しでも貢献できるものとなるように努力していきたいと思っています。

最後に,混乱する状況の中で無事に日本に帰国することができたのは,急なフライトの変更等,迅速に対応してくださった沢山の方々のおかげです。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

ライデンの薬局の石鹸売り場(3月16日撮影)。日本と同様に手指消毒用アルコールジェルなども全て売り切れでした。

ライデンの薬局の石鹸売り場(3月16日撮影)。日本と同様に手指消毒用アルコールジェルなども全て売り切れでした。

posted by 新学術顔身体学 at 00:30| Comment(0) | 顔・身体学通信
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